今年は静養中ということもあって
詰めすぎてしまいそうなスケジュールを
やりすぎてしましそうな仕事量を
我慢的にセーブしながら
空いた時間を勉強や自分と向き合うことに充てています。
よく考えてみると
あまり過去の自分と向き合うことって
してなかったなぁ~と。
簡単に箇条書きに。
・私の両親は沖縄の人で生まれた時はアメリカの領地。
・使用貨幣はドルで、日本の本土に来るにはパスポートが必要。
・彼らが思春期に日本返還している。
・私の生まれ育ちは神奈川。
・両親の親戚仲はイマイチであまり沖縄に帰ることはない。
育った環境は
・ネグレクト
・パニック障害
・両親の別居
思春期・青年期は
・リストカット(確か3~5年続いた)
・精神疾患(20代半ばに通院)
と、こんな感じで、30代になってやっと落ち着き(笑)
31歳の時だったかな?
2011年の震災後に今の仕事に転職しました♪
箇条書きの当時は、恋愛関係も激しかったですね(笑)
パトカー来たり、救急車来たり
相手がストーカーになったり(笑)
いろいろあげると
本当に本書けるレベルで
まだまだあるんですけど(笑)
「モナミちゃんは日本は窮屈そう」
ってたっくさんの近しい人から言われ続け
「なんでそう見えるのかなぁ?」
と不思議に思うこともあったんですが
最近やっと自覚するようになり
「窮屈だぁぁぁぁ!」
とやや発狂気味です(笑)
そう自覚してしまったら解決するまで
自分と向き合わないと気が済まない性格。
なので「なぜだ?」と自問自答の毎日の中
知人とのやり取りでヒントを見つけました。
私ね、多分、日本人ではないんです!
箇条書きのところでもあげましたが
私の両親はアメリカの領地時代に生まれているんですよね。
で、沖縄の文化の中で育っているわけです。
沖縄はその昔
琉球王国で独立国だったわけです。
で、薩摩と中国にいびられ、アメリカの占領地になり、今となっては日本です。
つまり、私は日本文化のない家庭で育っていたんですよね。
まぁ、ネグレクトでしたけど・・・
しかし、学校や社会では暗黙の
“日本人としてのルール”
を求められる。
ここなんじゃないかな
窮屈なところは、と。
多分、在日のかたも同じ感覚なのかぁとも思います。
私ね、多分、周りの方々が思っている以上に日本の風習を知らないんですよ!
そういうのも自分で分かっていたから
若い頃は着物を習ったり寺院をみにいったり積極的に
“日本に馴染もう”
と努力をしていた気がします。
お正月もお盆の習慣も違うし、本土のことも沖縄のこともどっちのことも知らない。
お葬式のこともお墓のことも法事のことも本土のことは全く知らない。
沖縄の私の田舎は
“ユタ”
が来て祖先を降霊し、話しを聞き
あの世で困らないようにと“黄色いお金”を燃やすのです。
初めて法事に参加した時は
「どこの国?ここは」
って思ったくらいで。
もっと身近なところだと
沖縄は湯船に浸かる文化ではないので私もそう育ち
温泉も楽しいとは思わないし興味がない(笑)
あと、本土の人は政治の話しを公の場ではしないし。
食べ物だって全く違うし・・・。
とかとかとか、ね。
今でこそ
沖縄はいいね♪素敵♪
って言ってくれる人がほとんどだけれど
私がまだ20歳位の時までは
差別や心無い言葉を投げてくる大人は本当にたくさん居て
“神奈川”
で生まれ育っている私には全く理解できずにいたんですよね。
日本人のようで日本人からの差別があって
日本人のようで日本の習わしを全く経験していない。
ま、そりゃ窮屈ですよね(笑)
じゃあ、沖縄に行った解消されるのか?というと
沖縄で育っていないから、まず方言が分からない(笑)
独特だからね、発音も。
どっちのことも全く分からないんじゃん!私!
というところにたどり着きました(笑)
どっちのことも、もう少し知らないとなぁ・・・
ってことで、何十年か振りに年の瀬に田舎に戻ってみてきます♪
これもね、いろいろとゴタゴタがあって
なかなか行けずにいたのだけど…
「もうそんなの知るかー!」
と半ばヤケクソです(笑)
自分が窮屈だと感じて出した答えが
その通りなのか確認してきます。
アイデンティティを再構築中。
自分のルーツを辿れ!!です♪
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